個セルフの名言集でライバルに差をつけてみませんか?ゴルフはとてもメンタルの要素が強いスポーツです。無い巣ショットも自分の強い心から・・・それに日々の練習がスコアアップの鍵となります。
「長続きの秘訣は・足で打つ事」
どうしてオラのスウィングはそんなにきれいなのかって? そんなこと意識したことはねえなあ。だってよ、フォームでボールを打つわけじゃないだろ? あんたはボールを投げるときにフォームのことを気にするかい? しないだろ? それと同じことさ。棒を持って地面のボールを思い切りひっぱたく。ゴルフなんてそれだけさ」
若い頃のサム・スニードにインタビューをしたら、おそらくこんなそっけない答えが返ってきたことだろう。ツアー通算82勝の歴代最多を誇る伝説のプレーヤーは、かくも朴訥、というか田舎者丸出しの野生児だったのである。
その野生児の才能をいち早く発見し、当時隆盛を誇ったクラブメーカー「ウィルソン」に紹介したのがジーン・サラゼンだが、そのサラゼンでさえ、「彼に品性というものがもう少しあれば…」と残念がったというから、全盛期のスニードの自由奔放な行動と言動が自ずと想像できるというものだ。実際、マッチプレーで負けようものなら、ふて腐れ、握手も交わさずに帰ってしまうようなこともあったようだ。
だからといって、スニードの偉業が色あせるわけではない。積み上げた勝利数が物語るように、30年に渡ってレギュラーツアーのトップに君臨。1965年のグレーター・グリーンズボロ・オープンでは52歳と10ヶ月8日で優勝し、ツアー最年長優勝記録を樹立。その10年後の1975年には、62歳にしてマスターズ20位、全米プロ3位という成績を残し、1979年には67歳と2ヶ月で予選通過しているのだから、もう「超人」というほかはないのである。スニードの長い現役生活を支えたのが、流れるようなスウィングであることは間違いない。まるで歩くかのごとく自然な動作でクラブを振ることから「ナチュラル・スウィング」と呼ばれ、ジャック・ニクラウス、アーノルド・パーマー、リー・トレビノという錚々たる面々が口を揃えて「サムのスウィングが史上最も美しい」と太鼓判を押したのである。しかし本人は、なぜそういうスウィングが完成したかなどにはまったく関心がなかった。というか、考えてもわからなかったのだろう。子供の頃から野球、フットボール、バスケットボール、陸上競技、どれをやらせてもトップレベルの才能を示したスニードにとって、止まっているボールを棒っ切れで打つことなど朝飯前だったのだ。
「だけどもよ、オラだって何も考えてないわけじゃないんだよ。テンポは大事さ。だからオラはホーガンと回るときは、奴のスウィングを見ないようにしてたんだ。だって奴のテンポは速いだろ? つられてオラのスウィングまでテンポが速くなっちまったら困るからね」現役バリバリだった頃、スニードは足でテンポを刻むことによって、コンスタントなプレーをしようと心がけていたようである。脚、腕、肩、腰、クラブを同じスピードで動かすのがスニードのスウィング哲学だということがわかる。そしてその行為はワルツを踊るようにスムーズに行われなければならず、そのリード役となるのが足なのだ。「ホーガンは腕とベルトを同時に動かすようにイメージしていると言ったが、まったくもって同感だね。ただ、オラの場合はそれを足で行っているだけなんだよ」
トッププロに共通する感覚をスニードはこのように語っている。
www.golfpartner.co.jp 参照
sponsored link
ゴルフ関連情報
マンシングウェアショップこばやし
〒615-0923
京都府京都市右京区四条松尾橋東北側
電話番号
075-882-4088
住地ゴルフスクール/田町校
〒105-0023
東京都港区芝浦1丁目13−10
電話番号
03-5476-0777
ゴルフハウスイケダ
〒294-0037
千葉県館山市長須賀230−1
電話番号
0470-23-8150
ゴルフ教室情報をまとめています。なお、最新の情報を取得するよう注意はしておりますが、保証の限りではありません。あくまで、参 照程度にお願いいたします。
「ゴルフで得たものはゴルフで返す」厳密にはこの言葉は、チェック・エバンスの母親の言葉です。その後、全米オープンに2度惜敗した後、1916年全米アマに勝ち、なんとその年、念願の全米オープンまで勝利する。 そこで母親がいった言葉が「ゴルフで得たものは、ゴルフに返しなさい」なのである。 ◆チック・エバンス
ゴルフは人生にたとえられる。晴天もあれば暗雲の日もある。チャンスもあれば、ピンチのときもある。まさに人生そのものではないか。 球聖ボビー・ジョーンズはゴルフのことのみならず、このような含蓄もまた数多く遺している。 ◆ボビー・ジョーンズ(1902〜1971年)米国ジョージア州アトランタ生まれ。特に1930年には世界の4大タイトル、全米、全英両オープン、両アマに優勝、年間グランドスラムを達成。
ジーン・リトラーの言葉である。「私は練習場で、納得いくまで技術習得のために練習する。そして、その成果をコースでためす。その日、まっすぐに打った球がスライスぎみの球筋になっていたら、スライスぎみの球筋で攻略を組み立ててみる。しかし、そのラウンドが終わったら、その足で練習場へ足を運び、ストレートの球を打つ打ち方を練習する」 なぜ、そのラウンドが終わって練習場へ直行しないの?
1991年~1993年 全米ジュニア・アマチュア選手権に3連覇を達成。 1995年 マスターズ・トーナメントに初出場。1996年 大学を2年で中退し、8月27日にプロ転向。1997年 4月13日、史上最年少の21歳3ヶ月でマスターズ・トーナメント初優勝。全英オープンでの大会連覇は、1982年&1983年の大会を連覇したトム・ワトソン以来23年ぶりとなる。