個セルフの名言集でライバルに差をつけてみませんか?ゴルフはとてもメンタルの要素が強いスポーツです。無い巣ショットも自分の強い心から・・・それに日々の練習がスコアアップの鍵となります。
「 ゴルフプレーに 秘伝があるのなら、自分の能力の限界を掴むことだ。」
一般的に言われている事は、ゴルフを始めた年齢の半分までのハンディキャップにはなれるそうである。また、それ以上に上達するにはそれなりの努力が必要だとゆうことである。
ゴルフを始めるには、その人のモチベーションや体格、年齢等の条件がそれぞれ違う。ゴルフやる前に何か運動をやってたかである、つまりベースとして運動能力があるかどうかによっても、上達には差があることはいうまでもないだろう。ここらへんの見極めを第三者的に、冷静に判断することが逆に上達を早めることになるというのである。
たとえば、誰もがプロになろうと思っているわけではないし、またなれるものでもない。サラリーマンなら、仕事の合間をみて効果的に時間を使い、できそうもないことをやらないことである。そうした上で自分の素質を見極めながら、励むことが、自分の能力を限界まで使うことになるといってるのだ。
それをプロみたいなドライブを打とうと、力まかせに練習場でもドライバーばかりブンまわしていても、スムースなスウィングなどつくれるわけがないのだ。ゴルフでは偶然の一発のナイスショットで、プレーのすべてを変えることなど不可能なのである。
大体、才能あるプロたちが、毎日のように研鑚して放つショットを、練習も週一のゴルファーが朝一のティショットから望もうとしているのは、傲慢そのものと思わない? そう思うだけの想像力のない人は、絶対に上手くはならないと、ミドルコフになりかわって編集子が保証しておこう。◆ケリー・ミドルコフ
1921〜98年。米国テネシー州生まれ。歯医者からプロゴルファーに転じて話題を呼んだという。メジャー勝利は3勝。49年、56年に全米オープン。55年マスターズ。PGAツアー37勝。86年にはゴルフ殿堂入りを果たした。98年、77歳で没。 リー・トレビノ 「 パットでのグットフィーリングだけはすぐに忘れる
だから、パターは毎日握るんだ。」
ゴルフをプレーする人なら誰にも経験があることだろう。パットほどいいタッチの感覚を持続できないものはない事を・・
一夜明けただけなのに、昨日はあんなによかったパットが今日は全く入らないなんて日常茶飯事、太陽が東からのぼるくらい普通のことだ。
これはショットにもいえるが、パットほど顕著ではない。プロにとっては、ショットはある程度メカニカルにそのスキルを習得しているので、修復も早い。その点パットには力も要らず、フィーリングというカンが頼り、ミステリアスな世界なのだ。
パットの名手といわれたトレビノはそれを熟知しているからこそ、せめてわずかでもカンをみがいておこうと、毎日のパットの練習だけは欠かさなかったのだそうだ。
◆リー・トレビノ
1939年米国テキサス州生まれ。母親と祖母に育てられたトレビノは、家計を助けるため、小学生の頃からショートコースで働いていた。見様見真似でゴルフを覚え、その頃は極端なフックボールを打っていた。しかし、60年、ベン・ホーガンの練習を見てからフェードヒッターに改造し、プロ入り。兵役で沖縄の基地にいて、レッスンプロをしていたこともある。65年テキサスオープン優勝。その後も故郷エルパソでレッスンプロをしていたが、夫人が内緒で全米オープンにエントリー。ここからトレビノの成功物語が始まった。その全米オープンに5位となり、次の年には優勝。ツアー優勝27。シニア、各国優勝を含めると70勝近くになる。メジャーも5勝。マスターズだけとっていないのだが、白人優越主義の強かった時代、積極的に出ようとはしなかった。殿堂入りも果たした。
sponsored link
ゴルフ関連情報
ロイヤルメドウゴルフクラブ
〒932-0836
富山県小矢部市埴生3232
電話番号
0766-67-2673
紀州ゴルフセンター
〒640-8404
和歌山県和歌山市湊18
電話番号
073-431-2134
E・S・Pクラブ
〒957-0065
新潟県新発田市舟入町3丁目5−18
電話番号
0254-21-2230
ゴルフ教室情報をまとめています。なお、最新の情報を取得するよう注意はしておりますが、保証の限りではありません。あくまで、参 照程度にお願いいたします。
「ゴルフで得たものはゴルフで返す」厳密にはこの言葉は、チェック・エバンスの母親の言葉です。その後、全米オープンに2度惜敗した後、1916年全米アマに勝ち、なんとその年、念願の全米オープンまで勝利する。 そこで母親がいった言葉が「ゴルフで得たものは、ゴルフに返しなさい」なのである。 ◆チック・エバンス
ゴルフは人生にたとえられる。晴天もあれば暗雲の日もある。チャンスもあれば、ピンチのときもある。まさに人生そのものではないか。 球聖ボビー・ジョーンズはゴルフのことのみならず、このような含蓄もまた数多く遺している。 ◆ボビー・ジョーンズ(1902〜1971年)米国ジョージア州アトランタ生まれ。特に1930年には世界の4大タイトル、全米、全英両オープン、両アマに優勝、年間グランドスラムを達成。
ジーン・リトラーの言葉である。「私は練習場で、納得いくまで技術習得のために練習する。そして、その成果をコースでためす。その日、まっすぐに打った球がスライスぎみの球筋になっていたら、スライスぎみの球筋で攻略を組み立ててみる。しかし、そのラウンドが終わったら、その足で練習場へ足を運び、ストレートの球を打つ打ち方を練習する」 なぜ、そのラウンドが終わって練習場へ直行しないの?
1991年~1993年 全米ジュニア・アマチュア選手権に3連覇を達成。 1995年 マスターズ・トーナメントに初出場。1996年 大学を2年で中退し、8月27日にプロ転向。1997年 4月13日、史上最年少の21歳3ヶ月でマスターズ・トーナメント初優勝。全英オープンでの大会連覇は、1982年&1983年の大会を連覇したトム・ワトソン以来23年ぶりとなる。